2016年春、人類は「おそ松ロスト」のショックから立ち直れずにいた。お姉さん方は満開の桜の木の下に跪き、花びらのように涙を流し、新緑のような美青年をまぶたの裏に夢想する––そんななか、彗星のごとく地上波に現れたのが「 文豪ストレイドックス 」である。
原作となる同名の漫画が生まれたきっかけは、
「文豪がイケメン化して能力バトルしたら絵になるんじゃないか(みんな大好きWikipediaより引用)」
という原作者と編集の悪ふざけだったらしい。どんな話?と聞かれれば実は上記の引用で大体の回答が終わってしまうのだが、さらにそこに付け足すと、
「能力名がキャラクターの代表作品に由来している」
ということだろう。
文豪ストレイドックス は、【イケメン】×【文豪】×【異能力】
この 【イケメン】×【文豪】×【異能力】 の3点をおさえることで、お姉さん層だけでなく、厨二層からも強い支持がある人気作品となった。
ただどうやら一部の層からは怪訝な顔をされていて、それはどうやら【文学好き】の層らしい。その主な批判理由は「文豪や作品に対する尊敬の念がない」というものが(筆者の周りでは)支配的であった。
というわけで、ここでは登場人物の異能力と文学作品を比較し、文学に対する尊敬の有無を客観的な立場から考察する。
中島敦
異能力「月下獣」:すっごい強い虎になる。だが記憶はない。
元ネタは教科書でお馴染みの「山月記」は、調子にぶっこいてた自信家の元官吏の詩人・李徴が虎になって人間性を喪失する話。だいたいあってる。リスペクトしてる。超してる。
太宰治
異能力「人間失格」:直接触れたすべての異能力を無効化する。
日本を代表する作品と同名の異能力。小説「人間失格」は太宰最後の中編小説で、放蕩生活の果てにみずからを狂人と自覚し廃人となる物語。「廃人としての空虚な生」=「すべてを無にする」=「異能力の消去」、という技ありな隠喩が見られ、やはり文学をリスペクトしてるといえよう。超いえる。
芥川龍之介
異能力「羅生門」:なんかなんでも食いちぎる黒い超怖い獣を出す。
これも異能力は芥川の代表作と同名。下人が死体の髪を抜く老婆の着物を剥ぎ取るラストシーンはあまりにも有名。この行為に関し、下人は「己もそうしなければ、餓死する体なのだ。」と正当化している。「貪欲なまでの生への渇望」=「能力の強暴性」であることは明白であり、やはり深い文学への理解と尊敬を感じることができる。超感じる。
文字数の都合上、3名のみの検証となったが、文豪ストレイドックスが強い文学へのリスペクトを持っていることが確認できた。このようにパロディ系の小ネタが散りばめられた作品は、物語世界と合わせて元ネタまでさかのぼってみると、新たな興味が生まれたりもする。
また、異能力バトル系アニメの醍醐味は何と言っても戦闘シーンだ。かっこよく動くイケメンたちが、お姉さまのハートと厨二の熱いパトスをしっかり掴み、決して離しはしないだろう。
(了)
文:若布酒まちゃひこ