またもや予想は裏切られる!劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 「 叛逆の物語 」 の見直しレビュー!

魔法少女まどか☆マギカ

アニメ 「 魔法少女まどか☆マギカ 」には現在まで劇場版が3編存在します。第1作「始まりの物語」と第2作「永遠の物語」は、一見するとテレビ版の再編集版であり、「焼き直し商法」と写った人もいるかもしれません。

しかし、編集した部分が不自然にならないように逆に新たなカットを加えたり、画面に新たな処理をしたりという工夫が随所に見られます。そして何より、この2作品である程度集客できたことが、「 叛逆の物語 」の制作に大きく影響しているのです。前2編はいわば試験的なもので、全国50スクリーンに満たない公開でしたが、原作の「ダイジェスト版」であり、深夜枠アニメである劇場版としては異例の好調な数字を記録しました。

深夜枠のアニメの劇場版がいきなり新作、というのは低くないリスクを抱えているため、これで営業的な見通しが立ったからこそ「新編」は多くの映画館で公開に踏みきれたのです。前作の実績をひっさげて「劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」は全国129スクリーン公開というスタートを切りました。

初めに見た人が衝撃のラストをネットで拡散させ、これによって観客が拡大するという現象が起きました。その結果、公開から3週間から観客数100万人を達成し、深夜枠アニメの劇場版として最大のヒット作となったのです。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 「 叛逆の物語 」のストーリー

物語の舞台はこれまでと同じく見滝ヶ原市です。魔法少女である鹿目まどか、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子の4人は人々を悪夢から救うべく、協力して人間の夢に巣食う「ナイトメア」を倒す日々です。

そんなある日、4人が学ぶ見滝ヶ原中学に暁美ほむらが転入してきます。その姿は、三つ編みにメガネをかけるという、かつてまどかが「円環の理」となる以前の最初の姿であり、性格も遠慮がちな時代のものでした。5人揃って「ナイトメア」退治をする中で、ほむらにはある違和感が湧いてきます。

この見滝ヶ原は実在するのか、と。ほむらは杏子を誘って隣町に行こうとしますが、どうしても見滝ヶ原を出ることが出来ません。杏子の記憶もつきつめるとあやふやな点が出てきて、ここでほむらは確信を持ちます。

この町は見滝ヶ原に見せかけた魔女の結界だ、と。誰かが皆の記憶を改変し、この偽りの見滝ヶ原の中に縛り付けようとしているのです。ほむらにはそれが「円環の理」になるというまどかの自己犠牲を踏みにじるものして許せないものに映ります。

その疑惑の矛先は、かつて巴マミを食い殺した魔女、「シャルロッテ」と同じ姿である「ベベ」に向けられるのですが・・・

 

作られた幻想の街 見滝ヶ原 。この街は誰が何のために作ったものなのか?

見滝ヶ原は作られた幻想の街として描かれるわけですが、その表現が圧巻です。人も背景も「借り物感」にあふれ、一帯が炎に包まれようとも街も登場人物も平然としていて、同じ場所にいながら関わりのない存在であることを説明無しで見るものに感じ取らせるのです。

さて、まどかが「円環の理」となってあらゆる時と場所から魔女を消し去ったため、魔女が原因で死んだマミ、さやか、杏子も死ななかったことになっています。

しかし、見る者は当初から大きな疑念を持つことになります。まどかは「円環の理」という概念となって全次元、全時代から消滅してしまったはずなのに、何事もなかったかのようにみんなと一緒にいるのです。

魔法少女まどか☆マギカ

5人揃ってナイトメア退治をする場面に至っては「ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット」と名乗って派手な変身シーンで見得を切り、まるで凡百の「魔法少女モノ」と変わらないシーンを見せます。逆にこれがこの世界が意図的に作られたものであるという印象を与える効果があります。ほむらの記憶が戻るにつれ、あるはずがないものが幾つもあることに気づきます。

消滅したはずの魔女が作った結界、「魔女」という存在を知っている美樹さやか、そしてまどかの存在。この見滝ヶ原は、誰が、何のために作ったものなのでしょうか。

「こんな途方も無い結末」とキュウべぇが言った通り、この結末に驚かない人はいないでしょう。

 

題名:劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語」

監督:新房 昭之、宮本 幸裕
出演:声優 悠木碧 斎藤千和 水橋かおり 他
制作:シャフト
公式サイト:http://www.madoka-magica.com/index2.html
公開日:2013年10月26日
上映時間:118分(映像特典を含まない数字)