『ユリ熊嵐』最終回。あなたの感想はどうでしたか?

ユリ熊嵐

キャラクター全員がユリ、いわゆる「女性同士の恋愛関係を是とする」性質を持っていたこと、そしてかなり大胆なユリ描写で話題になった「 ユリ熊嵐 」も、先日ついに最終回を迎えました。
少女革命ウテナ」「輪るピングドラム」で有名な幾原邦彦監督の手掛けたオリジナルアニメですが、相変わらず作品開始当初は視聴者置いてきぼり状態だったこのアニメ。最終回まで見届けた人は、どんな感想をお持ちになりましたか?

ユリ熊

途中まではみんなこんな顔だったと思います

ユリ熊嵐

出てくるキャラ出てくるキャラ、とにかく全員ユリ属性な上、世界観の説明もほとんど成されないといういつもの幾原監督節が炸裂しまくっていたため、以前の作品を視聴済みの人でもきっとこんな顔で見ていたことと思います。
しかし5話辺りからようやく「透明な嵐」イコール「疎外」、「透明な存在」イコール「協調性を重んじ、空気を読むに長けた人間」ということが分かりはじめました。
「友達の輪を大事にし、空気を読んで時に自らの意見すら無視することのできる人間」が正義であり、反して「空気を読まず突飛なことをして迷惑をかける人間」が悪という世界観。
これは決してこの作品内に限った話ではなく、現実にも深くリンクする部分だと思います。

空気読めない人間だっていいじゃない

最終的に紅葉は場の空気など意にも解さぬまま、銀子とともに熊へと姿を変え、女神クマリアの導きで現世とは違う世界へ旅立つこととなりました。
そして空気の読めない存在である「悪」だった紅葉は結果的に人間社会から姿を消し、そのため学園では新たな「悪」を設定して自分達の絆が正しいモノであることを確かめ始めます。

まったくもって嫌になるほど現実世界と酷似していて気分悪いですよねこの学園!!

けれどその中にあって自ら空気を読むことをやめた女の子が、廃棄されたサイボーグ熊を改めて見つけるところで物語は終了します。
この女の子の心を美しいと思うなら、空気なんて読めなくたっていいじゃないかと言わんばかりです。
現実問題、まったく空気を読めない人は困ってしまうわけですが、まったく個性のない人間というのも気持ちが悪い存在なのかもしれません。

皆さんはこの物語、どういう感想をお持ちになりましたか?
きっとその感想も千差万別。それこそがこの作品の狙いの一つなのかもしれません。

ABOUTこの記事をかいた人

井之上

濃いめのオタク。実家がオタクだったせいで自然学習されてしまった年齢に見合わないオタ知識のせいで年齢詐称を疑われることもしばしば。家事育児と投稿小説製作の合間に少しだけライターとして書かせていただいています。