今こそもう一度見てほしい!長編アニメ「 風立ちぬ 」は、宮崎駿監督が作品に込めた、堀越二郎氏への思いと、初の国産ジェット旅客機、「MRJ」に繋がる物語です!
2015年11月、戦後初の国産ジェット旅客機「MRJ」(三菱リージュナルジェット)が初飛行を果たしました。戦後初の国産旅客機として飛び立った「YS-11」(こちらはプロペラ機)からすでに50年が経過し、敗戦国として航空機開発が制限された時代を経て飛び立ったMRJは、日本、そして戦時中の傑作機「零戦」を生んだ三菱重工にとってもまさに悲願だった瞬間でしょう。
そして「風立ちぬ」の主人公、堀越二郎氏が「零戦」そして自身も戦後、開発に加わった「YS-11」に込めた空への思いを受け継いだのが「MRJ」ともいえます。
「風立ちぬ」は宮崎駿監督最後の長編アニメということで脚光を浴びた有名な作品ですが、筆者の周辺にいるオタク仲間に聞くと「誰」の物語なのか「どの」時代の話なのか全く知らないという方々が多いという事実がありました。
筆者はたまたまミリオタだったので主役の堀越二郎氏が日本の大戦中の傑作機「零式艦上戦闘機」の設計士だったという事実は知っているのですが、筆者の周辺の方々は知らないで見ていたようでした。
このアニメに関しては、背景と歴史を少し把握すると、さらに面白く感じると思いますので、興味のある方けどよくわからないという方は是非、多少でも時代背景などを把握しておくと、作品が面白く感じると思います。
傑作機「ゼロ戦」の生みの親 三菱重工設計士、堀越二郎氏の物語
物語は、ご覧になった方はご存知の通り、堀越二郎氏をモデルに航空機を作るという夢を持った主人公、次郎が大学を経て三菱重工へ入社。軍の要求を聞きながら航空機の設計を重ね、失敗、挫折、そして成功や、恋の行方を描いた実話に基づき、時代背景を克明に描いた長編アニメです。
日本軍では、海軍だけでなく、陸軍も航空隊を持っており、堀越氏の所属する三菱重工は、航空機開発製造の受注をかけたコンペンションで他社に敗北し、次に堀越氏は海軍の航空母艦に発着可能な高性能戦闘機の開発設計を任せられます。
これが後の日本が誇る傑作機「零戦」へと繋がります。
史実では、作品で描かれた時代は1930年代と思われますが、当時の日本ではワシントン軍縮条約で、戦艦の保有を制限された日本海軍は、山本五十六長官を中心に、「航空主兵」への転換を模索しますが、アニメでは、航空機運用を模索する海軍から航空母艦に発着可能な航空機開発を受けた三菱重工がその設計を次郎に託します。
ちなみに、この劇中、次郎が上司の黒川と複葉機に乗りながら空母に着陸するシーンがありますが、この空母こそ世界で初めて建造時から空母として生まれた、ゲーム「艦これ」でおなじみの、航空母艦「鳳翔」です
また、このアニメの注目すべきところは、時代背景を忠実に描いているという事です。
例えば、劇中で次郎達がドイツの航空機メーカー、ユンカース社に視察に向かう際、次郎が倉庫においてあった、戦闘機を見ていたところ、ユンカース社員が
「ここから先は見せられない、日本人はすぐにマネをする」と話し
次郎は
「我々は、正式な契約に基づいてここにきている。見せてもらう権利がある」と話すと、警備員は
「我々は日本人にうろうろさせるなと言われている!!」と言います。
また、飛行中の爆撃機に乗った次郎と本庄は、機関部へと足を運び見学しますが、そこにいたドイツ人機関士が
「ここから先には行くな!日本人!」
と、ここでも聞き方によっては差別的な言動にも聞こえる発言をします。
ご存知の通り、ドイツと日本は第二次大戦を伴に戦った枢軸国同士ですが、実はドイツ、日本が正式に仲間同士になった三国同盟は1940年に締結されています。つまり、物語で描かれている1930年代のドイツと日本は友好的ではあったものの、共に戦う仲間ではなく、あくまで共通の敵があるという認識があるだけでした。現実、三国同盟は海軍の反対で一度は流れており、日本側でも心理的に両国が「仲間である」という意識に対し、懐疑的な人間もいたと考えられます。
この事は、またしてもアニメではないですが、映画「連合艦隊司令長官山本五十六」で、柳葉敏郎さん演じる井上成美が、部下たちに対して、ドイツ語の原文で書かれた、ヒトラー著書である「我が闘争」を読み、ヒトラー自身が、日本人を仲間ではなく、ドイツ人の手下としては役に立つということを、著書で書いていると指摘しています。
つまり、このドイツでベストセラーした、ヒトラーの本を読んだドイツ人の中には日本人を差別する人間が存在することも不思議ではないということです。
このように、ユンカース社員の一連の差別的態度を一つとっても、時代背景を克明に写している「風立ちぬ」は歴史を学ぶにもよくできたアニメだと思います。
史実における堀越氏は、戦後初の国産旅客機「YS-11」開発に参加
劇中、次郎の夢に幾度となく登場する次郎の尊敬するイタリアの航空技師カプローニに
「航空機は、戦争の道具になるという宿命を持っている。それでも作るのか?」
と問われ、次郎は、やはり空への思いは断ち切れないという、自身の選択を決めます。
また、終盤カプローニと夢の中で再開した次郎は、自身が設計を手掛けた「零戦」が横を通り抜け、カプローニが
「あれが君のゼロか。いい仕事だ、美しい」と話すと
「ええ、一機も帰ってきませんでしたが」と答えた次郎にカプローニは
「行きて帰りし者なし。飛行機は美しくも呪われた夢だ」
と答えます。
しかしそれでも、空への思いを断ち切れなかった次郎を初め、爆撃機を開発した
次郎の同僚、本庄も
「俺たちは武器商人じゃない。ただ、いい飛行機を作りたいだけだ」と話しています。
アニメ「風立ちぬ」では次郎を初めとする、航空技師たちは、例え自分の作った航空機が、戦争に使われようとも、ただそこには空への憧れがある。その思いだけで航空機を開発する、という姿が描かれています。
そして、その後の史実では、大戦に敗北した日本はGHQによって一切の航空機開発、製造を禁止されますが、1951年のサンフランシスコ条約により、航空機製造、運航、開発が一部認められ、戦後初の国産旅客機の「YS-11」に繋がります。史実では堀越氏もこの「YS-11」の開発に設計士として携わります。
それまで日本でも、ライセンス生産や、いわゆる「ティア」と呼ばれる大手航空機メーカーと共同開発での部品製造や部位の製造パートナー、世界で初めて主翼部分をCFRP(炭素繊維強化プラスチック)製にしたと言われている「F2戦闘機」など開発、生産していましたが、設計から完成品までの旅客機における「完成機メーカー」としての開発、製造は日本、そして三菱重工の悲願でした。
冒頭でもお話しした通り現在、三菱重工の子会社「三菱航空機」がYS-11以来実に50年振りの国産旅客機「MRJ」を開発。2015年11月に初飛行を果たしています。
零戦を生んだ堀越氏と三菱重工の空への憧れは、零戦からYS-11、そして現在ではMRJと引き継がれています。
アニメ「風立ちぬ」は、空への憧れを抱き、航空機開発に人生をかけた航空技師の姿を描き、零戦の初飛行から約80年後の「MRJ」に繋がる、その第一章とも言える物語であるように思えます。
そこには、宮崎監督が「かつての物づくり大国ニッポン」を、アニメを通して世界に知らしめたいという思いが込められているようにも思います。
劇中最後のメッセージでは「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と残されています。
激動の時代を生きた航空技師の生き様を、まさに世界に知らせしめ、そして、MRJによって物作り大国ニッポンの復活を願っている宮崎監督の思いが、作品に描かれているように思えます。
MRJは、商業飛行をするための認証をアメリカで取得中ですが、MRJ初飛行の約80年前に日本が自国で開発した傑作機「零戦」が生まれ、そしてそれを設計した航空技師の物語が詰まった「風立ちぬ」を今一度、見てはいかがでしょうか。