『 クジラの子らは砂上に歌う 』 第六節 「明日、人を殺してしまうかもしれない」。
襲撃に備える泥クジラの住民たち。新首長・スオウは改めて子供たちが、殺し殺される覚悟を問われます。
そんな第六節のおさらいと、感想を綴っていきます。
クジラの子らは砂上に歌う 第六節 「明日、人を殺してしまうかもしれない」
第六節 「明日、人を殺してしまうかもしれない」あらすじ
泥クジラの面々は、無抵抗に船を沈めるのではなく、帝国軍との戦いを決意する。戸惑いと緊張に包まれながら準備を進める中、オウニは外の世界に憧れた過去に想いを馳せる。(公式サイトより引用)
稚拙な訓練ながらも4日後の襲撃に備える泥クジラの住民たち。
長老・”ラシャ”は子供たちが訓練をする姿に、「子供たちは明日、人を殺してしまうかもしれない。明日死んでしまうかもしれない。」その決定をした”スオウ”は覚悟を問われるも、前に進むことを宣言。
そんなスオウは、ある作戦を企てていた。
襲撃前の緊迫した状況でも泥クジラの住人たちは「砂に溶けていた魂が、かけられた砂を通して私たちの元へ戻ってくる」という意味が込められた”砂戻り”が日暮れまで行われ、”チャクロ”は改めて砂に戻ったサミに言葉を贈る。
そんなチャクロの元に、ネリと血を分けた双子を語る”エマ”が現れ、チャクロに島を守ることを条件とし、泥クジラの歴史を教えることを約束。そして砂嵐と共に戦いの時が迫り、チャクロたちは作戦に備える。
“例の作戦”
敵戦艦に潜入し、ヌース・スキロスを破壊。そして艦の破壊。
襲撃に対して最大の目標は生き延びること。前話でも出た、”敵の敵は味方”を信じ、迎撃に備えます。
それに対し、スオウはもうひとつの作戦を企てました。それが、敵戦艦にある、ヌース・スキロスの破壊です。
破壊にはサイミアの能力が高いメンバーで構成。中にはチャクロとリコス、さらにはオウニの姿も。
スオウは、一度ヌースを見ているチャクロを心配していますが、それでもチャクロが突撃隊に加わっているのは、記録係として?自ら志願したから?
サイミアの扱いが下手なのに部隊に加わった理由が気になるところです。
彼の出生は?オウニの過去
泥クジラの問題児グループ”体内モグラ”のリーダー、オウニ。
彼は産まれから謎に包まれ、親が誰なのかすら誰も知らず、今のように、昔から泥クジラの狭さや印の短命な運命を悟っていた子供でした。
そんな彼のサイミアを操る能力の高さや、親の存在、そして外を目指す理由が明らかになるのか。
そして、それらが物語にどう関わってくるのかが今後のポイントではないでしょうか?
第六節 「明日、人を殺してしまうかもしれない」感想
戦いに備える泥クジラの住民たちやオウニの過去。そして、ネリの双子を語る少女・エマの登場が描かれたお話でした。
泥クジラには戦い前の緊張感が漂っていましたが、個人的にはそんな中でも砂戻りを楽しんだり、女の子こ、えええ?といったシーンなど、どこか緊張感が和らぐシーンが印象に残りました。
ですが、先を考えると多くの人が死ぬのは間違ありません。そう考えると、このほんわかしたシーンからは虐殺シーンとはまた違ったエグさを感じます。これが故意の表現なんだとしたら、、、素直に恐ろしい….(MoA)
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