「 アニソン界の帝王 」こと水木一郎さん追悼 最後まで車椅子で「 マジンガーZ 」を熱唱される姿に勇気づけられた。

日本の男性歌手、声優、タレント、ナレーター、作詞、作曲家。そんな多岐に渡るジャンルで活躍されてた 水木一郎 さんが令和4年12月6日に永眠されました。
7月には、肺がんであることを自ら公表。癌と戦って今年の11月には第49回歌謡祭に車椅子姿でマジンガーZを熱唱し。
元気な姿を見せて頂き(1日も早く元気になって戻ってきます)と全国のファンに誓っていました。その姿に私も勇気づけられました。

「マジンガーZ 」最後の” Z “に込められた意味

水木一郎さんと言えば今や、「 アニソン界の帝王 」と呼ばれる存在の方。そして、やっぱり1番に思い付くのが(マジンガーZ)ではないでしょうか。
「 マジンガーZ 」の最後のZの意味は、色々と意味があるそうです。例えば、(超合金Z)製である事に由来して居ると言われています。
超合金Zは、マジンガーZ開発者・兜十蔵博士(かぶとじゅうぞう)が発明した特殊合金。「ジャパニウム鉱石」(実在はしてないそうです)から精錬されたそうです。
設定ではダイヤより硬く最強のZという説。また、最後にZを付ければ、発する音や、イメージが格好いいと言う説も。
それに、最終兵器でのZを連想させると言う説もあるそうです。

水木一郎さんが熱唱 名曲「 マジンガーZ 」で不動の人気者に

そう言う、多々あるZに込められた思い。水木一郎さんはどのように思い歌われていたのでしょうか?
1968年に歌謡曲歌手としてデビュー。しかし、思うように売り上げが上がらず、作曲家に転向も考えたそうです。
しかし1971年にアニメ(原始少年リュウ)のオープニングテーマ曲を歌唱。これが、後に「 アニソン界の帝王 」に登り積めるきっかけになった訳です。
ただ、彼には当初、映画主題歌を歌いたいと思う気持ちもありました。しかし、彼なりにアニメと向き合いアニメソングの世界に進む事になったそうです。
そして、1973年ついに、冒頭で上げた伝説の曲「 マジンガーZ 」の主題歌と出会います。当時、主題歌レコード70万枚を超える大ヒットを記録。
あの水木一郎さんの歌声が日本中の子供達の心に響き、それだけで無く、アニメソングの第1人者としてその地位を、不動のものにした訳である。

アニソンの垣根を越えて「 プロ野球界にも 」

また、プロ野球の中日ドラゴンズの大ファンでも知られ応援歌でもある(燃えよドラゴンズ!)を2002年以降歌い、合計6回のリリースを重ねています。
2014年には、8月12日に行われた中日ドラゴンズ対横浜DNAベイスターズ戦で、(君が代)独唱。
続けて、(燃えよドラゴンズ!球場合唱編)を熱唱された事はプロ野球ファンの間でも、有名なエピソードである。
さらに、アニメ関係の仕事をやりながら、1976年4月から1979年3月までNHKの(おかあさんといっしょ)の2代目おにいさんに就任。その後、彼は(アニキ)の愛称で親しまれるように。

水木一郎さんはギネス記録も樹立!?

1982年には、彼が歌う主題歌レコードがトータルセールス700万枚以上と言う記録を樹立。(ギネスブック)に掲載された事も。改めて水木一郎さんの凄さを感じます。
1997年8月には、アニメソングを未来(21世紀)に残そうとアニメソング界を担う人達を集めていきました。(スーパーロボット魂)のライブの始まりです。
他にも数え切れない程、アニメ界、アニソン界に貢献された水木一郎さんが亡くなられたこと。これは私にとってとても残念で辛い出来事です。
天国に行っても、どうか歌い続けて下さい。心からご冥福をお祈りいたします。
文章:あそしえいつTK
最新情報をチェックしよう!